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消化器外科医の働き方


大越 香江 先生

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大越 香江 先生

 市内の病院の勤務医である夫と中学生2人の子どもがいます。子どもたちは年子で、乳幼児の頃は今から思うとどうやって育児をしていたのかあまり記憶がないくらいたいへんでした。特に夫が当直や呼び出しで不在の夜など、絶望的な気持ちの中、ワンオペで入浴させて寝かしつけをしていたことを覚えています。ゼロ歳児とまだようやく自分で立って歩けるようになったばかり(しかも足元はおぼつかない)の1歳児を抱えて、呆然と立ちつくしたことが数限りなくあります。
もちろん実家の両親やベビーシッターさんの手も随分借りました。特に私の母はしばしば手料理を持ってきてくれて子どもたちの保育園のお迎えもしてくれました。しかし、ケア労働が母親から祖母に移行しただけで、結局、主として女性が担うのが前提の社会に疑問を持つようになりました。

 もちろん、私の夫に育児を担おうという気がなかったわけではありません。しかし、夫の職場は「女性医師が勤務しやすい」病院であることを大々的にうたってはいましたが、結局「子どものいる女性医師以外の医師」には優しくなかったのです。もっと直接的な表現をすれば、「ママ医には優しいが、パパ医には優しくない」ということです。契約の問題があるのでママ医が定時で帰ることは当然の権利でしょうが、定時で帰る人がいれば、それ以降の病院機能を支える人も必要になります。定時で帰るママ医の後を引き継ぐために私の夫が遅くまで働いたり当直をしたりすれば、私の家事育児の負担は増えます。また、ママ医が子どもの発熱で帰宅するならパパ医だってありです。実際、私の執刀中にお迎えの連絡があって夫に任せたことがありました。しかし、その時はかなりひどい嫌がらせを受けたようで、夫も委縮してしまいました。なかなか「父親の育児」というものは受け入れられないようです。夫の職場のママ医のパートナーは何をしている人たちなんだろうと思って聞いてみるとドクターが多いのです。そういう人達が、妻の職場にフリーライドして医師として活躍されているのを拝見すると、たいへん複雑な気分になります。

 結局、親として子のケア労働を行うことに対して社会のリスペクトやサポートがなさすぎる上に、ケア労働は女性が負担するのが前提であることが問題なのです。妻に家事育児の多くを任せて自分は家の外で活躍するというのが親として問題だと思わない男性が多いのですね。結局、女性は子どもを産むごとにケア労働の負担が増え、社会から軽んじられる機会が増えるのです。それに過剰適応されている女性も多いと思いますが、こんな環境で女性が消化器外科領域に参画し、続けていく気力を維持するのは大変難しいと思います。

 以前、私に、こんなことを言った人がいます。
「君はいったいここで何ができるというのかね」
子どもたちの世話をして、保育園に送り届けて定時通りに出勤するだけで大変な状況なのに、そこでバリバリと高難易度手術ができる人がいたらそれは超人です。ルーチンワークをするだけで精一杯、それすらも子どもの発熱などのアクシデントで急にできなくなることもあります。そんな中で手術スキルを磨くとかアカデミックな活動をするとか、当の本人にはどうしたらいいかわからないのです。途中で帰らなければならないかもしれない時に手術に入れてくださいとは言いにくいでしょう。特にロールモデルになるような人が周囲にいない場合はさらにたいへんです。消化器外科領域にはそもそも女性が少なく、ロールモデルがあまりいません。

 ですから、それをマネジメントできる人が必要です。
これからのボスには、部下にこれから何がしたいかを定期的にヒアリングをしていただきたいと思います。そして、現状で何ができて何ができないかをその都度マネジメントしていける能力が求められます。ボスに求められるスキルは手術スキルだけではありません。手術がうまい人に手術をある程度任せて、マネジメントがうまい人がボスとしてマネジメントをすればいいのです。これからはそういうリーダーシップの時代ではないかと思います。

 私の子どもがふたりとも中学生になった今、育児の肉体労働は格段に減りました。それぞれ自分たちでご飯も食べて片付けもして、入浴して寝ます。子どもたちは掃除も洗濯も布団の上げ下ろしもできるので、既に重要な労働力です。子どもはいつまでも赤ちゃんではありません。いつまでもできないことばかりではないのです。保護者と子どもたちの共同作業の結果、成長していきます。そして、時として、子は親が思っていた以上の能力を発揮します。

 子育て中の医師も同様です。子どもの手を離れれば自由度が上がり、活動の幅も広げられます。その時に「何ができるのか」は、その医師自身と指導者や周囲の共同作業の結果だと思います。働き方は個人のライフステージによって変えていく必要があり、時間外労働や長時間労働への忍容性も個人差があります。性別関係なく働き方の多様性を認めていけるかが、消化器外科領域の今後の課題だと思います。

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